なぜダッシュボードは店舗の行動を変えないのか
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可視化から実行へつなぐために欠けているもの
はじめに
Flowを立ち上げた当初、私はある前提を持っていました。
それは、「正確で分かりやすいデータを見られるようになれば、店舗の行動は自然と変わるはずだ」という考えです。
来店客数、コンバージョン率、捕捉率。
明確な数値、見やすいダッシュボード。
それがあれば十分だと思っていました。
しかし、この前提は間違っていました。
理由は、店舗がデータを使えないからではありません。
可視化だけでは、権限も責任も行動も生まれないからです。
データが存在しても行動が変わらないとき
ある大手小売企業での出来事が、私にとって大きな転機になりました。
導入から約1年後、利用状況のログを確認したところ、店舗用に発行したアカウントが一度も使われていなかったのです。
最初はシステムの不具合を疑いました。
しかし、原因は単純でした。
本部が、店舗にアカウント情報を渡していなかったのです。
理由を尋ねると、返ってきた答えはこうでした。
「店舗がデータを正しく使えるか自信がない」
その後、方針を改め、
- 店舗に正式にアカウントを配布
- 利用することを明確に伝達
- 本部主導で説明・トレーニングを実施
すると、現場の反応は非常に前向きなものでした。
「これをずっと待っていた」
結果として、来店客数が減少する局面でもコンバージョン率は向上し、
チェーン全体の売上は大きく伸びました。
問題はダッシュボードではありませんでした。
問題は、行動してよいという「権限」が明示されていなかったことです。
本部が見落としがちなポイント
特に導入初期やパイロット段階では、本部は「ツールの検証」をしているつもりでいます。
しかし実際には、
プロセスを変えずに、行動が変わるかどうかを試していることが多いのです。
よくある流れは以下の通りです。
- 一部店舗にダッシュボードを導入
- アクセス権を付与
- その後の業務フローは変えない
数値は、
- エリアマネージャーの評価指標に入らない
- 定例会議で使われない
- レポートに組み込まれない
その結果、「見ても見なくてもよい指標」になります。
任意の指標は、必ず使われなくなります。
本部からは「活用が進まない」ように見え、
店舗側からは「重要ではない」と受け取られます。
店舗はすでに判断している
もう一つの誤解があります。
店舗は、データがなくても日々判断しています。
- スタッフ配置
- 接客のタイミング
- VMDの調整
データが変えるのは「判断の有無」ではありません。
判断の結果を、定量的に検証できるかどうかです。
問題は、データが報告や評価と結びつかない場合です。
特に日本の組織では、
- 上司の意向が不明確
- 数字を出すことで目立つことへの懸念
こうした状況では、
データは「静かに」「ローカルに」使われるか、完全に無視されます。
認知負荷という現実的な壁
ダッシュボードは、暗黙のうちに店舗に多くのことを求めます。
- 観察する
- 理解する
- 判断する
- 計画する
- 実行する
- 振り返る
この中で最も難しいのは、
明確な後ろ盾のない判断と計画です。
判断してよいのか。
その判断は支持されるのか。
これが曖昧なままでは、店舗は安全な選択を取ります。
これは抵抗ではなく、合理的な行動です。
オーナー不在の状態
店舗がデータ上の課題を見つけたとき、
誰がその解決を担うのでしょうか。
理想的には、
- 店舗マネージャーが一定の裁量で対応
- エリアマネージャーが支援
- 本部が方向性を示す
しかし現実には、
- 誰が決めてよいのか分からない
- エリアマネージャーが指標を見ていない
- 本部からの期待が示されていない
その結果、店舗は「待つ」ことを選びます。
データは存在するが、所有者がいない状態です。
ダッシュボードが機能するケース
一方で、ダッシュボードが短期間で成果を生むケースも数多くあります。
共通しているのは、以下の点です。
- データを使って行動してよいと明言されている
- 期待値が明確
- 定例の業務や会話に組み込まれている
- 利用が「任意」ではない
このような環境では、
ダッシュボードは単なるツールではなく、業務の一部になります。
可視化はゴールではない
多くのDXは「可視化」で止まります。
そして時間が経つと、こう結論づけられます。
「データはうちには合わなかった」
実際に機能しなかったのは、
データを前提にした運営モデルです。
もしダッシュボードだけで十分なら、
センサーを設置し、システムをつなぐだけで成果が出るはずです。
現実はそうではありません。
特に慎重な文化では、
明示的な権限がなければ、データは沈黙します。
インサイトから行動へ
ダッシュボードが店舗の行動を変えるのではありません。
行動を変えるのはリーダーシップです。
責任の所在が明確で、
期待が共有され、
日々の運営に組み込まれたとき、
アナリティクスは初めて人を支える力になります。
そうでなければ、
どれほど優れたダッシュボードでも使われず、
DXは「難しいものだ」という誤解だけが残ります。